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ルカ・モドリッチ解体新書〈1-3〉ポジションチェンジ

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サッカーではポジションによって、攻守を担当するエリアや、ピッチ上での役割がある程度決められている。全くの無秩序ではチーム内で意志疎通が図りにくいため、このような考え方が浸透した。しかし最近では、『偽9番』や『偽サイドバック』というような、既存のポジション概念に囚われないプレースタイルも増えてきた。

 

サッカーのポジション概念が時代とともに曖昧になっていく途上で、『ポジションチェンジ』という戦法が生まれた。相手からマークされたサイドの選手が中央の選手と、前の選手が後ろの選手と連動して入れ替わり、執拗にマークしてくる相手を攪乱しようという企みが、ポジションチェンジである。

 

「なんだ、選手の配置が入れ替わるだけでしょ? たいして難しいことじゃないよね?」と思われるかもしれないが、事はそう単純ではない。なぜなら、プレーエリアが変わればピッチの景色が変わり、その選手に求められる仕事も変わってくるからだ。つまり具体的に言うと、複数ポジションをこなせる能力が求められることになる。

 

サイドを駆け抜けることに特化した選手、ゴールを奪うことに特化した選手、守備ではどんな選手にも当たり負けしない選手。サッカー選手は様々な個性を持っている。近年では複数ポジション(エリア)をこなせるようなユーティリティ性の高い選手が増えてきたが、モドリッチはその最たる存在だ。

 

ここで誤解を避けるために付け加えると、「モドリッチは複数ポジションを担当する選手だ」と言いたいのではない。モドリッチサイドバックやウイングやセンターフォワードに配置されることはまず無い(サイドハーフなら何度か見かけたが)。しかしそれは「モドリッチがそれらのポジションが出来ない」ということを意味していない。ピッチ全域であらゆる仕事をしてもらうため、いざとなればどこへでも駆けつけられる中盤の中央を任されているのだ。

 

モドリッチは基本的に[4−3−3]のインサイドハーフか[4−4−2]のセンターハーフを任される。だが彼の担当エリアとなると、ほぼピッチ全域に相当する。FWのようにペナルティ・エリアへと飛び出したり、サイドバックのようにサイドをドリブルで駆け上がり、コーナーキックからのカウンターケアでは、ラモスがお留守の最終ラインをコントロールして、味方サイドバックたちにチャレンジ&カバーの指示を飛ばしていたりする。トップ下やボランチが出来るのは言わずもがな。

 

特に連携面で、そのポジションチェンジの真価が発揮される。サイドではウイングやサイドバックの選手とトライアングルを形成し、入れ替わり、立ち替わりにパス交換をして前線へと上がっていく。中央ではクロースやカゼミーロ、ベンゼマとのダイアモンドを形成し、圧倒的なボールキープでタメを作ってから、駆け上がったサイドバックへと展開する。

 

モドリッチはマドリーのエンジンであり、潤滑油でもある。モドリッチが中央やサイドでありとあらゆる仕事をこなしてくれるから、ボールが回り、スペースが空き、パスコースが生まれ、ゴールに繋がる。その影響力は、モドリッチが途中交代や負傷でペンチしているとすぐにわかる。ボールを持った選手は出し所を探し、見つけられずにバックパス。大きく展開してもその後はボールが回らず、パスカットされてカウンターを浴び、押し込まれ、失点する。

 

ポジションチェンジは攻撃中だけでなく、守備中にも行われる。近くの味方がプレッシャーに行って外されると、すかさずモドリッチがカバーに入り、1対2でも1対3でも止めてしまう。視野が広いだけでなく、守備時の優先順位の付け方がハッキリしているため、簡単にゴール前へと運ばせない。カウンターを仕掛けていた相手は、気付くとサイドラインへと追いやられ、パスコースを切られてボールを奪われてしまう。

 

攻撃でも守備でも、サイドでも中央でも輝き、味方を使うことも、味方に使われることも出来る超万能型MF、それがルカ・モドリッチだ。どんなプレーも出来るということは、どの選手の代わりにもなるということを意味している。誰かが不調だとわかると、その選手の仕事を半分こなしてくれる。得点が欲しい状況なら強烈なミドルシュートをお見舞いし、ロングキックが苦手な選手と組めば自分が代わりに蹴ってやり、守るべき時間帯には二人目のカゼミーロになれる。

 

あれもやって、これもやってとしているのを見かけるうちに、「いたるところにモドリッチがいる」ような錯覚すら起こしてしまう。まるで分身の術だ。ところが、それだけピッチを縦横無尽に駆け回っているにもかかわらず、走行距離ではチームトップでないことの方が多いため、モドリッチは頭を使って、必要なときに必要なだけ走っていることがわかる。決して脳味噌が筋肉で出来ているようなタイプではない。モドリッチは、インテリジェンスなハードワーカーなのだ。

 

「たった一つモドリッチに弱点があるとすれば、それは身長の低さ(172cm)だ」と指摘される。何でも出来るとは言っても、さすがに四六時中ハイボールの飛んでくるポジションであるセンターバックは出来ないだろう。だから空中戦はクロースやカゼミーロなど、背の高い周りの選手に任せることも多く、コーナーキックの守備ではニアポストか、後方でのカウンターケアを担当する。

 

それでも本人は「空中戦に勝てることもある」と思っているのか、ボールの落下点に先に入った相手の懐に飛び込み、スルリとマイボールにすることもある。油断のならない泥棒猫である。

 

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