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ルカ・モドリッチ解体新書〈2-2〉豪快なミドルシュート

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〈2-2〉豪快なミドルシュート

 

サッカーというスポーツはシンプルだ。相手よりも一点でも多くゴールを決めたチームが勝利する。点を取るには相手のオウンゴールを誘うか、自分たちがゴールにシュートを決めるしかない。だからこそ、ゴールを決められる選手は市場価値が最も高く見積もられ、ゴールを決めさせる選手、ゴールを阻止する選手がその次に評価される。

 

ゴールを決める役割は、相手ゴール付近に配置されるFWが中心となるが、時としてMFもその役割を担う。MFはFWにゴールを決めさせることを第一に考えながら、隙あらば自分でシュートする。多くの場合、MFはFWよりも一列後ろでプレーすることになるので、ペナルティエリア外からのミドルシュートでゴールを狙うことになる。

 

当たり前の話になるが、シュートする位置がゴールから遠ければ遠いほど、高度な技術や強いシュート力が求められる。また、ボールの滞空時間が長くなるほど、GKが判断したり、跳躍するための時間が生まれてしまう。さらに言えば、ゴールとシューターの間にはGKが立ち塞がっているだけでなく、数人の相手DFや味方FWたちも入り乱れており、動く障害物によってゴールが遮られている。そもそもミドルシュートというのは、ペナルティエリア内でチョンと触っただけで入るような〈ごっつぁんゴール〉と比べて、成功する確率が極めて低いのだ。

 

ところが、モドリッチはその小さな体で、筋骨隆々とした大男でさえ蹴れないようなミドルシュートを撃ち込んでいる。通常、シュートの威力というのは身長の高さと比例する。弓と同じ原理なのだが、胸を張って腕を広げて全身をしならせ、一気に折り畳むことで強烈なパワーが生み出されるのだ。ではなぜ、小柄なモドリッチは強烈なシュートを撃てるのか。もちろん、彼の細身の体躯の奥に潜む「体幹の強さ」にも要因がある。けれども彼の場合は特に、「シュートの巧さ」に秘密があるように見える。

 

シュート力というのは、フィジカル×テクニックという式で計算できる。たとえフィジカル部分でハンディがあったとしても、それを補って余りあるほどのテクニックを発揮することが出来れば、理論上は強いシュートを放つことが出来るのだ。シュートに必要となる技術を具体的に挙げると、

 

①ボールの真芯に足を当てる
②ボールに足の一番硬いところを当てる(インステップキック)
③軸脚を地面に固定して安定させる
インパクトの瞬間に力を集中させる
⑤前方に乗せた体重をボールに伝える

 

などなど。シュートを撃つと言っても、ただ力任せに足を振り抜くだけではなく、様々なことを考えて実行し、それらを考えずに実行できるまでに磨き上げるというテクニック的側面がある。「言うは易し、行うは難し」とよく言うが、これら全てをクリアしてシュートを成功させることは本当に難しい。狭いスペースや僅かな時間、物理的・精神的プレッシャーの中でシュートを上手に撃てる選手が少ないからこそ、プロ・アマチュア問わずあらゆるチームで、FWという専門ゴールゲッターにボールを集めるという暗黙の約束事が決められている。

 

特にモドリッチは、世界トップシューターの中でも、サッカーの教科書に載せたいと思ってしまうほど、キックフォームが美しい。モドリッチがシュートする瞬間を捕らえたどの写真を見てみても、そのフォームが安定していることがわかる。そしてフォームが安定しているからこそ、ハイコースに蹴っても浮きすぎることなく入るし、左右の狙い通りのコースに蹴ることが出来る。まるで巨匠によって描かれた絵画のように美しいキックフォームには、気が遠くなるほどの反復練習や、繰り返される実戦の中で身に付けた、至高の技術が宿っている。

 

そして美しいのはキックフォームだけではない。そのシュートがゴールに入る直前までに描く軌跡も美しい。モドリッチが最も得意としているのは、相手DFを盾に使い(つまりGKの死角、そこから撃たれるとシュートするタイミングが見えず、一歩遅れる)、内巻きにカーブしながら突き刺さる、ゴールポスト際へのシュートだろう。GKの指先をすり抜けてゴールへと吸い込まれていくボールには、まるで魔法がかかっているのではないかと思うほど。『細部にこそ、神は宿る』という言葉もあるが、基礎技術の高さが異次元の高みにまで至ると、それは魔法(理解しがたいもの)のように見えてくるらしい。

 

シュートの技術力と言えば、最も難しいシュートはボレー(オーバーヘッド含む)やダイレクトシュートだ。モドリッチはDFがクリアしたボールに、体重を乗せながら芯を捉え、縦回転で落としつつGKの手前をバウンドさせるようなゴラッソを決める。GKは、ボールの軌道が途中で変わると瞬時に反応できないため、このようなシュートを止める術が無い。よくシュートが相手DFに当たってフワリと入ってしまうゴールをよく見かけるが、それにはそういった理由があるのだ。ゆっくりとしたボールでさえ止められないのだから、ましてや高速で(バウンドして)浮き上がるボールへの対応など出来るはずもない。小悪魔なモドリッチは、GKの泣きどころを熟知している。

 

文中にて、フィジカル×テクニックがシュート力の計算式だと書いたが、実はもう一つ、シュートの質を高めるための、もしかすると最も重要かもしれない要素がある。それは、メンタルの強さだ。

 

「ここで一発入れば自分たちの勝ちだ」「ここで決めなければチームが降格してしまう」「外したらレギュラー落ちかもしれない」「これを決められればW杯に初出場できる」味方からボールを受け取った選手の脳内には、様々な雑念が渦巻いている。ただいつも通り冷静に、練習で蹴ったのと同じように蹴るべきだと『わかっていても外してしまう』。サッカーは時に、シューターのメンタルの(自分自身との)勝負で、試合の結果が決まってしまう。だからサッカーは面白いし、だからサッカーは恐ろしいのだ。

 

ルカ・モドリッチはロシアW杯グループステージのアルゼンチン戦で、見る人の度肝を抜くようなミドルシュートを決めた。あの一撃で、アルゼンチンは完全に意気消沈してしまった。たった一振りで、試合が決まった。チームのキャプテンという重圧にものともせず、ハードワークにも満足することなく、最高の技術を、最高の舞台で発揮することが出来た。あのゴールを決められたからこそ、モドリッチが世界最高峰のMFだと讃えられ、バロンドールにも選ばれたと言っても過言ではない。

 

たった一発、されど一発。決められるか決められないかで、チームのタイトルが決まり、一人の選手の人生が決まり、サッカーの歴史が刻まれる。モドリッチは、決してゴール数の多い選手ではない。モドリッチよりも強いシュートが撃てる選手は何千人といるし、彼よりも巧いシュートを撃てるMFも何十人といる。だが、チームの勝敗を決定付ける場面で、膠着したゲームを打開してくれるような一撃を放てるMFは、この時代に彼一人しかいないだろう。クロアチアの勝利のため、クラブの勝利のため、そして信頼する仲間たちのため、応援してくれる家族やファンのため、彼が背負った想いを乗せたボールは、地響きのような歓声とともに、ネットを揺らす。

 

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