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ルカ・モドリッチ解体新書〈2-3〉熟練と献身のディフェンス

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〈2-3〉熟練と献身のディフェンス

 

モドリッチは万能超人なMFで、攻撃だけでなく、守備も出来る」

そういう評価がされているし、疑問の余地もない事実ではある。ところが、守備力があると一口に言っても、いったい何を指しているのかが、わからない。

 

サッカーの試合の半分は守備、もう半分が攻撃で構成されている。その守備という概念を一から説明するのは大変なので(なぜなら守備は攻撃と同じくらいに複雑で、同量の文字数が必要となる)、3つのテーマに圧縮して守備の概要説明を済ませたい。

 

①[守備の目的]ボール奪取とゴール阻止

②[守備の手段]個人と組織

③[守備の能力]頭脳と身体

 

①守備の目的は〈ボール奪取〉と〈ゴール阻止〉の二つ。相手からボールを奪えれば守備をする必要がなくなり、シームレスに攻撃へと移行できる。たとえ相手の攻撃(パス・ドリブル・シュート等)能力が高く、ボールを奪えなかったとしても、ゴールさえ奪われなければ守備が成功したと言える。

 

②どのように〈ボール奪取〉と〈ゴール阻止〉を成功させるかというと、〈個人レベル〉と〈組織レベル〉の二つの手段が用いられる。一対一でボールを奪ったりコース切りを行うのが〈個人レベル〉の守備で、強固なブロックや複数人でのプレッシングを行うのが〈組織レベル〉の守備である。

 

③さらにそれらは、選手一人一人の頭脳と身体を使って実現される。頭が良ければ最小限のアクションで相手の攻撃を阻止することが出来るし、頭が多少悪くても人並み以上に走り回っていれば、ボールを奪えることもある。

 

モドリッチは、これら三つの要素全てにおいて、攻撃的MFの最高峰(守備的MFとしても一流)の守備が出来る。ボールを奪うことも、背後のコースを切ることも、決定機を阻止することにも長けているし、それらは個人で行うことも、味方を使った組織で行うこともある。頭脳的プレーや鷹の目の視野は攻撃の局面だけに限らず、守備の局面においても遺憾なく発揮される。運動量は言わずもがなだが、決して無駄走りはせず、危機察知能力の高さによる事前準備がしっかりしているため、「何かが起きる」前に対処してしまう。

 

もしかすると、モドリッチの攻撃バリエーションの多彩さが、守備にも活かされているのかもしれない。ドリブルが得意な選手は、相手ドリブラーを潰すことも巧かったりする。「この状況で、自分だったらこうする」という想像力の範囲内のプレーなら、簡単に防ぐことが出来る。パスも、ドリブルも、ターンも、シュートも(四次元ポケット並に)引き出しの多いモドリッチは、自分の想定以上のプレーをされることが極めて少ないのではないか。

 

しかし、対戦チームの相手選手は、モドリッチの守備が想定以上のものだと驚いているはずだ。モドリッチからのプレスを剥がしてパス、さらにまた追ってきてパス……したのにまた鬼の形相をして追ってくるモドリッチの《三度追い》に怯んで思わずロスト。常に背後を確認しながらコースを切るため、パスの出しどころもドリブルも封じられる。バイタルエリアでボールを持った相手エースを執拗にマークして潰すエースキラーコーナーキックからのロングカウンターでチャンスかと思いきや、バスケスとメンディへのコーチングで両脇を固めさせ、カウンターを無かったことにするモドリッチ

 

サッカーの歴史は、守備組織の強化と、その守備組織を攻略しようとする攻撃組織の強化の繰り返しによって紡がれてきた。MFの守備での貢献は、時代とともに多くを求められることとなり、現在では守備タスクを免除されたMF(いわゆる古典的10番=司令塔≒ファンタジスタ)は絶滅危惧種となってしまった。そんな時代に颯爽と登場し、サッカーシーンにおける『新たな10番像』を広めたのがルカ・モドリッチである。

 

攻撃では他のMFやDFからボールを受けて展開、ボールを出してキープして受けるプレーを繰り返しながら、FWへと正確なラストパスを送り、自身も強烈なミドルシュートでゴールを量産。その姿は正しく司令塔であり、ファンタジスタと言える。しかし、モドリッチの働き振りは攻撃面に留まらない。時には守備的MFとしてDFを助ける盾となり、時にはボールハンターとして相手DFにプレッシャーをかけに飛び出し、時には一人前のDFのようにカウンターケアをしてしまう。これらのタスクは、既存の10番像からは大きくかけ離れたものである。

 

もちろんこれまでの時代にも、MFはある程度の守備タスクを求められていた。だが、ほとんどの攻撃的MFは守備を不得意としていたし、攻撃での運動量を期待されていたために守備負担を軽減されていた。『攻撃的な選手は守備が出来ない』というのは当たり前で、チーム内にそういった選手がいることを許されてきた。

 

特にレアル・マドリードで10番を背負ってきたスター選手たちは、ことごとく守備が苦手だった。フィーゴロビーニョスナイデル、(ラサナ・ディアラは守備的MFなので除外)、エジル、ハメス……彼らの攻撃的ポテンシャルは一級品だったが、どうしても《王様10番》の守備タスク免除が、チームの負担になってしまった。ビッグゲームでは彼らも無理矢理に走らされていたが、そもそも守備的MFほど守備が巧くなかった上に、正しい守備のやり方も知らなかったため、負担の程度はさほど変わらなかった。

 

他にモドリッチとよく比較されるのが、クロアチアニコ・クラニチャルだ。クラニチャルモドリッチと同じくクロアチア代表のMFで、ディナモ・ザグレブ出身、のちにトッテナム・ホットスパーにも所属している。先輩のクラニチャルは完全なる攻撃的MFとして守備に消極的だったが、後輩のモドリッチボランチサイドハーフも、攻撃にも守備にもハードワークが出来る、攻撃的であり守備的でもある万能型MFとして生き残ったという語り方がされている。

 

ルカ・モドリッチは、サッカーの歴史に新たな10番像を刻んだ。これからの時代のMFは皆、攻撃だけ、守備だけすればいいというのではなく、両方を高い次元でこなすことを求められている。そのそびえ立つ壁は多くのサッカー少年たちにとって、到達することが不可能なほどの高さに見えるかもしれない。けれどモドリッチだって初めから《万能超人》だったわけではない。険しい道のりを歩んだ果てに、そこまで辿り着いたのだ。

 

華奢な身体を理由にセレクションを落とされ、プロになってからは二度のレンタル移籍に回され、それでもプロサッカー選手になることを諦めなかった。二つのビッグクラブでのレギュラー争いに生き残るため、自分に出来ることを一つ一つ身に付けていった結果、気付いたときには攻撃も守備も出来るようになっていた。その飢えた猛禽類のように鋭いまなざしは、相手の足下にあるボールを捉えて離さず、我々の心を捕らえて離さない。

 

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