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ルカ・モドリッチ解体新書〈3-2〉戦術的インテリジェンス

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〈戦術的インテリジェンス〉

 

モドリッチは戦術理解力のある選手だ」と、実況・解説・批評家などから、よく褒められている。この評価を真の意味で理解するためには、『戦術』という言葉への理解が欠かせない。そもそも『戦術』とは何なのだろうか?

 

『戦術』とは元々、戦争用語である。戦いに勝つために、相手を倒すために考え出され、受け継がれてきた知識体系と言える。現代風に言い換えれば、ゲームの攻略法。世に出回っているサッカーの戦術書は、サッカーの攻略本なのである。

 

戦術に似た言葉に、戦法と戦略という言葉がある。それぞれ戦術と誤用されやすい言葉であるので、簡単に違いを説明しておきたい。

 

『戦法』:個人技=選手一人で完結する動き方

     →1秒単位の考え方

【例】パス、ドリブル、シュート、スライディング等

 

『戦術』:組織的規則=二人以上の選手同士で連携する動き方

     →1試合単位の考え方

【例】カウンター・ポゼッション・ハイプレス等

 

『戦略』:経営判断=クラブ全体で構想される動き方

     →1年単位の考え方

【例】補強・放出・育成・ターンオーバー等

 

さらに言えば、戦術とはチームを一つの方向にまとめるための約束事でもある。試合前に、あるいはハーフタイムに予め戦術を決めておくことで、選手個人個人がバラバラな動きをして、チームが崩壊するというリスクを未然に防ぐことが出来る。

 

つまり『戦術』とは、一試合を有利に戦っていくための作戦計画なのだ。作戦計画が上手く練れていたり、選手たち全員に理解されていることで、試合を優位に進めることが出来る。作戦計画が破綻していると、相手に付け入る隙を与えてしまい、試合に負ける可能性が高くなってしまう。

 

ではその戦術は誰が考えるのかというと、もちろん監督である。監督が味方選手たちの個性を活かし、相手選手たちの個性を潰すための戦術を考え、メンバー全員に従ってもらう。ところがどっこい、サッカーは11人(交代も含めると14〜16人)の異なる考え方を持つ人間が行うスポーツであるため、そう簡単には戦術が正常に機能しない。

 

撤退守備の場面でバスケスが無闇に飛び出してその背後を狙われる。バスケスオフサイドラインを乱す。攻撃でもバスケスが良い位置にいないからパスが出せない。バスケスのリターンパスが遅くて、パスを出した意味が無くなる。バスケスが無意味なシザースを仕掛けてボールをロストし、一気にピンチになってしまう。ちなみにルーカス・バスケスとはレアル・マドリード史に残る屈指のネタキャラであり、モドリッチの舎弟でもある、優秀で勤勉な選手だ。

 

誰しも人間は完璧ではないので、技術的・判断的ミスをする。監督の思い描いたゲームイメージが実現されないということは、頻繁に起こる。そういった想定外の事態を試合中に修正したり、事前に言い渡された監督のイメージを完璧に近い形で具現化しようとするのが、司令塔(ゲームメイカー)の仕事だ。レアル・マドリードクロアチア代表では、その役割をモドリッチが担っている。

 

チームによって、監督によって、戦術のカラーは全く異なる。ゲームメイカーは監督の好みによって選ばれる(補強される)場合もあるが、監督の好みに染まることを求められる場合もある。結論から言うと、モドリッチは誰とでも仲良くできる八方美人を越えた、どんなに堅物な監督でもメロメロに魅了してしまう360度見返り美人なのだ。

 

モドリッチクロアチア代表で、プロクラブではディナモ・ザグレブ(レンタル2チーム)→トッテナムレアル・マドリードとキャリアを経てきたが、その間に十人以上の指揮官たちと仕事をしている。彼らと小さなわだかまりはあったにせよ、大筋において彼はスタメン起用されてきたし、そのことは彼らの期待に応え続けてこれたことの証でもある。

 

どんな伝説的名選手にも合わない監督というのは一人や二人いるものだ。どの監督にも好かれ、重用される選手は滅多にいない。個性的な選手というのは、それだけ扱い辛いものだし、並大抵ではないエゴイストでもあるという場合がほとんどなので、監督とそりが合わないのが普通なのだ。

 

もちろん、これまで記してきたように、モドリッチが能力的に完璧超人オールラウンダーであることも、戦術的柔軟さに影響している。どんなプレーでも実現できるということは、どんな戦術にも適応できるということでもある。それはそうなのだが、モドリッチは技術的にオールラウンダーであるというだけでなく、戦術理解力という「知性面でもオールラウンダーなのだ」と強調しておきたい。

 

オールラウンドな知性とはどういうことか? それは、モドリッチがどんな状況でも、その状況下での最善の選択が出来るということを指している。得点が絶対に必要な時はゴールやアシストを狙う動きを、1点リードを守り抜きたい時は泥臭いディフェンスやボールキープを、膠着した試合展開では自らが味方を導き、打開するようなアイディアを出してくれる。守備から攻撃への切り替えが早く、鋭いカウンターが可能で、ボールを大事にするからポゼッション戦術でも力を発揮できる。前に出て行けばハイプレスの守備を、献身的に戻ればリトリートの守備でも違いを見せられる。だから、どの監督もモドリッチを使いたがるし、どんな状況でもモドリッチなら助けてくれるはずだと期待してしまうのだ。

 

その知性は監督の助けになると共に、チームメイトへの助けにもなっている。モドリッチは、その時に組む相方によって、変幻自在にプレースタイルを変えていく。ロングパスが得意なクロースと組むときには距離をとって、受け手になってあげる。ドリブルが得意なディ・マリアと組んだときには、彼の持ち運びたいコースを空けるための囮役を買って出る。相手DFラインへのプレスでボール狩りが得意なバルベルデと組むときには一緒に前へ飛び出し、彼がハメやすいように他のパスコースを切ってあげる。そして、彼らが負傷や出場停止の際には、彼らの仕事を「自分が引き受ける」ことで、チームの穴を埋めてしまうのだ。モドリッチはチームのバランサーであると言われるが、誰が欠けてもその代役を担ってあげられるので、監督はチームを大きく変えずに済むのである。

 

特にレアル・マドリードというチームは、唯一無二の才能を持った選手たちで構成された銀河系軍団である。選手一人一人が代えの利かない働きが出来ることは強烈なメリットでありつつも、その選手が離脱すると代えが利かない(移籍市場にもいないので補強での解決も不可能)という強烈なデメリットへと容易に反転してしまう。そんな本来は解決不能な問題も、理不尽なまでの適応能力の高さで「トラブルが無かったことにしてしまう」のが、ルカ・モドリッチなのだ。だから、モドリッチは真の評価を受け辛い。問題が消えて無くなってしまっている事態は、明確な形では見えないからだ。

 

クロアチア代表では、マドリーとはまた違った役割を担っている。親友のラキティッチ、弟分のコバチッチなど、高度なレベルで意志疎通できるメンバーと、モドリッチに絶対の信頼を置いている監督やメンバーに囲まれているからだ。ポジションは[4−4−2]のCMFを担うことが多く、攻守両面での圧倒的な活躍を見せている。マドリーではスター選手たちを目立たせる黒子役を担うことが多いが、代表では組織の中枢を担う主役を演じている。代表とクラブのサッカー文化の違いで苦しむ選手は思いのほか多い。そんな中、モドリッチは二つの役柄を適切に演じ分けているという印象がある。

 

モドリッチはあらゆることが出来るが、あらゆる面で世界一の選手だとはさすがに言い難い。モドリッチよりもターンやドリブルの巧い選手はいるし、彼よりもミドルシュートの巧い選手、長短のパスを捌ける選手、鉄壁の守備をする選手、走りまくれる選手、視野が広い選手もいる。ところが、モドリッチの代わりを担える選手となると、この世のどこにもいないのだ。モドリッチはどのMFの代わりにもなれるが、モドリッチのようにどんな戦術・エリア・働きでも「世界最高品質で」こなせるプレーヤーは見たことがない。

 

時代が変わろうと、所属リーグやチームが変わろうと、ありとあらゆる戦術を理解し、実行できる能力、どんな監督にも使われ、どんなに癖の強い選手とでも呼吸を合わせられる柔軟さ・協調性・万能さを、モドリッチは兼ね備えている。そういった意味で、モドリッチは唯一無二のMFなのである。生まれながらの天才であるし、絶え間ない努力で己を磨いてきた秀才でもある。その捉えどころの無さこそ、彼の魅力なのかもしれない。スターティングメンバーに彼の名前が載っているとホッとする。ルカ・モドリッチは、ファンである我々の心をも安心させてくれる天使のような存在でもあるのだ。

 

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