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ルカ・モドリッチ解体新書〈1-2〉オフ・ザ・ボール

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(初心者の方は、冒頭の6段落を予備知識として飛ばしてください。)

 

モドリッチはポジショニングが上手い」とよく言われる。ポジショニングには攻撃時のポジショニングと、守備時のポジショニングとあるが、今回の記事では攻撃時のポジショニングを中心に解説していきたい。ポジショニングの上手さとは何か? 何が出来ると上手いと言われるのか? それがわかると、サッカーをより深く理解することが出来る。

 

そもそもポジショニングとは、「位置取り」の英訳である。「サッカーとは陣取りゲームだ」という言葉もあり、相手よりも有利な位置取りをすることが、勝利に繋がると考えられている。相手を思い通りに攻めさせないために守備組織を整え(守備時のポジショニング)、相手の予想を上回るような連携したランニングでスペースを空けよう(攻撃時のポジショニング)とする。

 

サッカーにおけるポジショニングの重要性は、自分よりも遙かに実力が上回る相手とマッチアップすればわかる。自分より弱い相手には、ドリブルやパスやシュートなどの個人技だけで通用する場面も多い。ところが、自分たちと同じかそれ以上に強い選手を相手にすると、自分の得意なプレイをさせてくれないことの方が多くなる。

 

自分がボールを持っている時、対人守備に秀でた選手と対面し、足下から少しでもボールを離すと、体を入れられて奪われる。味方からパスを受けようとしても、足の速い相手からものすごい速さで寄せられて、ボールを奪われる。

 

逆に守備の場面では、ボール扱いの巧い相手からボールを奪おうとしても奪えない。足を伸ばしてもボールに届かず、自分の間合いから離れた場所でボールが行き来する。巧みなドリブルで剥がされ、ゴール前まで運ばれて、ファールで止めるしかなくなる。まだまだゴールからは遠いと油断していたら、無回転のミドルシュートでネットを揺らされる。

 

そのような不利な状況に陥らないために、チームで連携して少しでも有利なポジションをとろう。相手に一対一で勝てないのなら、二対一や三対一などの数的優位にして勝とうというのが、ポジショニングの基本的な考え方である。

 

(初心者の方は↓ここからお読みください)

 

近年では攻撃時のポジショニングのことを《オフ(オン)・ザ・ボール》と呼んだりする。ONがボールを持った選手の状況、OFFがボールを持っていない選手の状況のことを指している。現代サッカーではOFFの選手に、ONの選手のことを助ける動きをすることが求められている。

 

このオフ・ザ・ボールの動きが、モドリッチは抜群に上手い。いや、上手すぎると言っても褒めすぎにはならないだろう。右サイドでボールを持ったバスケスが困っていると、すかさず付近の横か斜め後ろにフォローして、パスの受け手になってくれる。左サイドで攻撃が停滞していると、右サイドから飛んできて、サイドチェンジや細かいパス回しなどによって、硬直した状況を打開してくれる。モドリッチは、まるでスーパーマンのように頼りになる存在なのだ。

 

オフ・ザ・ボールのタイミングは、サッカーのレベルが上がるごとにシビアになっていく。あまり早くフォローに入ってしまうと、相手に気付かれ、すぐに寄せられる。反対にあまりに遅くフォローすると、そのほんの僅かな時間にパサーが相手数人に囲まれ、パスが出せない状況になってしまう。だからフォローに入るタイミングを常に窺いながら、守る相手との駆け引きを続ける。

 

ベストなパスの受け方は、パサーがパスを出したいと思って周りを見た時に、「フリーな場所に立っている(相手の守備組織の空白地点でポジショニングを終えている)」こと。そのためには相手(守備組織)との駆け引きと、味方パサーとタイミングを合わせるための〈阿吽の呼吸〉や〈事前の予測が重要となるのだ。

 

そういった意味でも、モドリッチコミュ力が高い。マドリーの練習風景の動画や、試合ハーフタイム中の映像でも、モドリッチが仲間とお喋りをする様子は映されている。あのような場面で彼は、仲間と絶えずコミュニケーションをとり、お互いの意見を擦り合わせているのだ。「優れたサッカー選手はみんな、お喋りだ」と言われている。モドリッチもお喋りだ。

 

ではいったい、彼は仲間内で何を話しているのか?
オフ・ザ・ボールで気にすべきポイントは五つある。

(※ほんの一例です。)

 

①相手
 *守備組織は崩れているか? 整っているか?
 *長身の選手か? 足の速い選手か? 守備が巧いか?
②味方
 *自分と目が合っているか? 出しどころを探しているか?
 *ドリブルかシュートで勝負したいのか?
③ボール(ピッチ)
 *浮き球で競り合いになるか? スローイングか?
 *水が撒かれて滑る? 芝がめくれてる? グラウンドが狭い?
④エリア
 *相手(味方)ゴール前か? 中央かサイドか?
 *スペースがあるか? わざと空けているのか?
⑤ゲーム状況
 *リードされている相手は攻めそうか? リードしていてキープか?
 *絶対にアウェイゴールが欲しい 2点リードでも油断できない

 

これら全てを計算しながら、パスの受け手はポジショニングを決める。オフ・ザ・ボールは、マルチタスクの頭脳戦とも言える。あれも考えて、これも考えてと、走りながら頭はフル回転状態。サッカーは頭が良くないと、良いプレーが出来ないのだ。

 

だから試合前も、試合中も、試合後も、MFとだけでなく、FWやDFやGKとも、モドリッチはお喋りをしている。仲間が何を考えて、自分が何を考えていたのかを、常に情報交換して、プレーイメージを共有しているのだ。若手は彼のコーチングによって教育され、ベテランは新たな気付きを得る。

 

そしてモドリッチは、世界の一流MFの中でも特に、頭の回転が速い。もはや何も考えずにプレーしているのではないかと疑ってしまうくらい、ボールを持ってから、次のプレーに繋げるまでの時間が短い。もはやそれは脊髄反射の領域である。考えるよりも感じたままにプレーをして、それが最適解であったと、視聴者の我々が後から気付く場面も多い。

 

瞬間的に判断を下せるから、相手も守りづらい。モドリッチの動き出しを注意しながら視界の端で捉えていても、ちょっと目を離した隙に背後を取られ、モドリッチのランニングについていけずに、パスを通されてしまう。まるで忍者だ。

 

そして、良い判断をするためには、まず〈良い眼〉を持っていなければならない。よく褒め言葉で「ピッチが俯瞰視点で見えている」と例えられることがあるが、それは選手たちが平面上のピッチでプレイしているからだ。高所からカメラで撮影されたものを見る目線と、地上でピッチを駆け回っている選手たちの目線は、文字通りに次元が異なる。

 

モドリッチは《鷹の目》を持っている。いや、見ているのではなく、ピッチ全域を感じ取っているのかもしれない。その鋭い眼光で未来を捉え、現在を思いのままに支配し、過去に勝利の歴史を残すのだ。

 

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