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ルカ・モドリッチ解体新書〈3-3〉モドリッチ・アイ

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ルカ・モドリッチほど状況判断が優れているプレーヤーは、同世代にはいないのではないか。そう思うことがある。「状況判断が優れている」というのは、状況判断が早くて、良い判断をしているということである。

 

状況判断のプロセスは三段階に分けられる。

 

①認知:見る・聞く・感じる(視野・聴覚などでの状況把握)

②判断:理解する・予測する・アイディアを出す(あれこれ考える)

③決定:プレー(パス・ドリブル・etc)を選択し、実行に移す

 

③決定後の素晴らしさは今までお伝えしてきたとおりだ。ボールを持ったモドリッチは常に相手選手にとっての脅威になり、味方選手にとっては安心してボールを預けられる大黒柱になる。そのため、この記事では前回に引き続き、①認知と②判断の部分に焦点を当て、モドリッチの素晴らしさ(エゲつなさ)を讃えていきたい。

 

〔認知−瞬時に変化を察知する感性−〕

 

まず挙げられるのは、モドリッチの視野の広さだ。彼はまるでピッチ全域を高所から見下ろしているかのように、遠くのプレーヤーの動きだしを把握している。しかし、我々がディスプレイを通して観戦している目線と、ピッチ内で試合を見ている選手の目線の高さは大きく異なる。

 

サッカー選手としてフルコートでプレーしたことのある人、一度サッカー場に足を運んだ人ならわかるだろう。サッカーのフィールド(ゴールからゴールまで110m前後×サイドからサイドまで70m前後)は、地上からその全域を一度に把握するには、あまりにも広すぎるのだ。

 

ところがモドリッチは遠くの選手が見えている。縦の視野ならロングスルーパス、横の視野ならサイドチェンジをしているときに、それがわかる。遥か遠くで走りだした選手のところへ、正確かつ綺麗な弾道のロングフィードを、「いつそんなとこを見たのか全くわからない」というタイミングで出してしまう。なぜそんな芸当が出来るのか?

 

一つ考えられるのは、「モドリッチには、まず遠くを見る癖が付いている」ということだ。右サイドにいるなら左サイド、自陣にいるなら相手DFラインと味方FWの位置関係を、まず見る。そこにフリーでこちらを見ている選手がいれば、そこに瞬時にパスを出す。この場合は判断時間ゼロで、機械的に出していることも多い。なぜなら、もしパスが通らなかったとしても、致命的なカウンターを受けるリスクは少ないし、当たれば一発逆転のチャンスメイクになるという意味でコスパが良いからだ。

 

「遠くを見るだけなら、素人でも出来る」と思ったら大間違い。実際にプレーしている《戦場》では、無数に群がってくる相手選手たちからの激しいプレスに襲われる。考える時間は数秒、あるいは1秒さえないというシチュエーションもある。そんな短い時間で、正確に遠くの状況を見るというのは、プロサッカー選手でさえ難しいことなのだ。

 

それでもモドリッチは積極的にボールを受けられるポジションをとり、ボールをもらうとすぐさま華麗なターンをして、視野を広げる時間を作る。あるいはボールをもらう前、プレスをくらう前に一瞬でも遠くを見ておいて、ターンやフェイントをしてから、そこへパスを通す。つまり、高度なボールテクニックを発揮したり、事前に遠くを注視しておくという準備がされているから、「いつそんなとこを見たのか全くわからない」というマジックを見せられるのだ。

 

そのマジックは攻撃中だけでなく、守備中にも活かされている。モドリッチは守備が上手いと書いたが、その中でもパス(もしくはドリブル)コースを限定する動きが抜群に上手い。それは何度も背後を振り返って、守備位置を修正し続けているからだ。目の前の対人守備の上手さにも目の良さは発揮され、相手が少しでもボールを足から離したと見るや、すぐさま距離を詰めて、マイボールにしてしまう。

 

さらに見えているのは遠くにいる選手だけでなく、近くに走り込んできた選手も同様である。それは味方選手からモドリッチ〈への〉声かけがあったり、モドリッチ〈からの〉声かけがあったのかもしれないし、長年のプレーや事前の打ち合わせ、あるいは脳内で構築された想像力によって『見えた』のかもしれない。ただ一つだけ言えることは、モドリッチは視覚だけではなく、聴覚や気配、長年の経験、瞬間的なコミュニケーションなど様々な能力を利用しながら、ピッチの特定部分に瞬時にフォーカスを当てているということだ。鷹の目があるとも言えるし、「鷹の目があるように見せている」という意味で、モドリッチは狡猾なマジシャンなのである。

 

〔判断−最短距離で導かれる最適解−〕

 

そうやって必要な部分を「見る」ことを終えると、実際にどんなプレーを選択するかを考える。先にも書いたとおり、考えると言っても、いざボールをもらったら考える時間はほとんど与えられない。だからボールを受ける前にはもう数秒後の状況を予測して、ボールを受けてからのことを考えておく。すると、まるでボールを受けた瞬間に、天才的なパスコースを閃いたかのようなプレーが出来る。いや、実際にはその場で閃いたケースもあるとは思うが、8割〜9割のプレーは直前に考えておいたプレーを選択しているのだろう。そうでなければあのプレー精度の高さはあり得ないし、だからこそ早くて的確な判断が可能になる。

 

守備をしているときには攻撃のことを考え、攻撃のときにはもう守備のことを考えている。だから守備からのカウンター攻撃(あるいはボール保持)への移行がスムーズだったり、攻撃中にボール奪われても落下地点を予測して即奪還することなども出来る。予測や準備がしっかり出来ているから、難しそうなプレーも軽々とこなしてしまう。その小さな体だけではなく、類稀なる優れた頭脳も90分間フル稼働しているのだ。走りながら考え、考えては走り続ける。オフ・ザ・ボールやポジションチェンジで味方を助ける動きは、そんなモドリッチの献身的な思考から生まれている。

 

モドリッチは判断が早くて的確だが、中でも特に〈相手の逆を突く〉プレーが上手い。サッカーは心理戦であり、相手がどんなプレーをしようとするのかを読み合い、それをさせまいと先回りして潰すことが試合中に繰り返されている。相手がどちらに行こうとしているか、パスかドリブルかシュートか、どんなプレーが得意で、どちらが利き足なのかを互いに読み合っている。

 

攻撃では相手に自分の手の内を見せず、ドリブルと見せかけてパスを出し、パスと見せかけてフェイントをする。相手はモドリッチが何でも高度にプレーできるということを知っているため、どんなプレーがどんな風に繰り出されるのかを読むことが出来ない。焦って懐に飛び込めば得意のターンで躱され、二人目がプレスに行っても悠々とサイドチェンジをされてしまう。すると相手はプレスにいくのも嫌になって寄せも甘くなり、監督から「もっと強く当たれ」と怒鳴られる。仕方なく当たりに行けばやはり躱され、強烈なミドルシュートをくらい、完全に戦意を喪失してしまう。

 

素早い判断や相手の逆を突くプレーが出来るのは、モドリッチがこれまで世界トップレベルの舞台で何年間も試行錯誤してきた経験があるからだ。実戦の中で膨大な量の情報を蓄積し、何億回もの認知と判断、それらの分析と修正を繰り返していった結果、彼はサッカーという学問を本質的に理解していった。

 

サッカーに必要とされる能力や思考は時代と共に変化する。モドリッチが育成年代を過ごした(20)00年代には、まだ現代的なサッカー理論は構築されていなかった。だが彼は、実戦や研究(様々なチームの試合分析)の積み重ねによって自らをアップデートし続けた結果、現代サッカーの教科書にも載るような『世界最先端の知性』を身に付けることが出来た。環境の変化に適応できず、消えていった天才は星の数ほどいる。モドリッチは時代の淘汰を生き残り、今もなお自らの理論を更新し続けている努力家であり、《サッカー学の研究者》でもあるのだ。

 

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