ルカ・モドリッチ解体新書〈2-1〉華麗なターン&ドリブル
【余談】
今回から毎週更新(出来たらいいな)ペースで進めていきます。サッカー関連では初めてのブログ記事作成だったのですが、予想以上に好評だったので、とても嬉しかったですね。たくさんのレビューやRTをありがとうございます。
また、初期構想を精査した結果、内容の重複があったため、再編集して全四章構成にしました。
今回から第二章です。
「【改定版】ルカ・モドリッチ解体新書INDEX」
〇はじめに
【第一章 味方を活かすプレー】
◇おもてなしパス
◇オフ・ザ・ボール
◇ポジションチェンジ
【第二章 自分で仕掛けるプレー】
◇華麗なターン&ドリブル
◇多彩なミドルシュート
◇頭と足を使う守備
【第三章 それらを実現する能力】
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【第四章 モドリッチ・アイ】
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◯おわりに
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モドリッチは仲間を活かすプレーだけでなく、自分のテクニックで相手を翻弄し、膠着した状況を一変させることが出来る。その筆頭として挙げられるのがターンの技術だ。味方からパスを受けるや否や、その場でクルリと反転し、前を向いてドリブルを仕掛けていく。
ターンはドリブルの一種で、相手のプレッシャーを回避したり、パスを受けてボールをコントロールするためにするファーストタッチのことを指す。巧くターンすることが出来れば、自分の体勢やボールの位置を整えられるので、次のプレイへとスムーズに繋げられる。
モドリッチは相手からどれだけ強く寄せられようとも、まるで闘牛士のようにヒラリと身をかわし、ボールを安全な場所にキープできる。それは前述した視野の広さから、相手がプレスしてくる方向を予測しているからであるし、単純にボールタッチの技術が突出して巧いからでもある。
イスコ、クロース、ベンゼマ、マルセロなど、ターンの巧い選手は多い(そしてマドリーに限定しなければ無数にいる)。MFならまず使いこなせなければならない基礎技術であるし、プロサッカー選手ならば必要最低限度のレベルは備えている。だがモドリッチは、そのトップ選手たちの中でも最も効果的なターンをする。それは相手の動きを察知するだけでなく、前方にいる味方の動きや、次の次にする自分のプレーをイメージしながらターンしているからだ。
プレスを受けて、ターンして前方にロングパス。ターンしてドリブルで持ち上がる。ターンしてサイドチェンジ。ターンして絶妙なスルーパス。モドリッチはただターンをするだけでは満足せず、自分自身がピンチの状況から、味方が一気に有利になるような場所へとボールを送り込む。次の次のプレイを常に考えておき、視野の端で捉えていたスペースへと、パスやドリブルでボールを運び、決定機を演出するのだ。自分たちが主導権を持っていると思い込んでいた相手は、一瞬にして立場が逆転してしまった状況に、慌てふためく。
ターンだけでなく、ターンから連なるドリブルにも華がある。ベイルやC.ロナウドのような異次元のスピードこそないものの、ウイングとしても通用するほどのキレキレ感はある。これまで語ってきたように、モドリッチは味方の心理を読むのも上手だが、相手の心理を読むのも得意だ。「さすがにこんな狭いスペースには運んでこないだろう」とか、「完全にこちらが数的優位だから大丈夫」と油断している相手には、果敢にドリブルを仕掛けていく。相手の裏を読む狡猾さと、持ち前の俊敏性でDFを置き去りにして、相手が嫌がるエリアへとスルスルとボールを運んでいってしまう。
ドリブルを仕掛けることによって、相手はそのドリブラーの対応に追われることになり、必然的に守備ブロックが崩れる。そうなると他の味方選手がフリーになり、パスコースが空き、絶妙なスルーパスからゴールが生まれる。パスしか出来ない選手はパスコースを切れば怖くない、ドリブルしか出来ない選手はスペースを潰せば怖くない。だが、パスもドリブルもシュートも高いレベルで繰り出せる選手は怖い。パス(パー)もドリブル(チョキ)もシュート(グー)も出せる相手には、何を出して良いか迷い、迷っているうちに負けてしまう。
観てて惚れ惚れとするようなテクニックを魅せられる選手は、何千万といる。でもそれを試合の中で、それも世界トップレベルの舞台上で発揮できる選手は、ほんの一握りだ。試合では複数人の相手からのプレッシャーがあり、理不尽に対人守備の巧い筋肉ムキムキな足の速い怪物に、自分の武器が潰される。相手の組織的守備レベルが高くなればなるほど、時間もスペースも限られてしまい、自分の思い描いたプレイが発揮できず、ファンからは「あの選手はユース時代、あんなに巧かったのに」と落胆される。
テクニック(技術)とスキル(腕前)という二つの言葉を、分けて使う指導者がいる。テクニックは覚えている技のリストであり、発揮することが可能な技術である。だが前述のように、対人スポーツでは自分の技術を100%発揮させまいと、守備力や身体能力などで邪魔をしてくる。そういった邪魔をされても発揮できる実用性の高いテクニックが、スキルと呼ばれている。
モドリッチはただ華麗なボールタッチをする〈巧いだけの選手〉ではない。彼のテクニックは、試合中で最大限に活かされる実用性の高いスキルであり、高いインテリジェンスと俊敏性に支えられている。スペースに走りだした味方を頭の片隅に入れながらターンして、ドリブルで味方が上がる時間を作る。そして次の瞬間にはボールが高く弧を描き、ゴールに迫った味方の足下へとボールが届けられる。小粋なテクニックが、整然とした戦術にまでシームレスに繋がり、ピッチ上に鮮やかな華を咲かせるのだ。
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ルカ・モドリッチ解体新書〈1-3〉ポジションチェンジ
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サッカーではポジションによって、攻守を担当するエリアや、ピッチ上での役割がある程度決められている。全くの無秩序ではチーム内で意志疎通が図りにくいため、このような考え方が浸透した。しかし最近では、『偽9番』や『偽サイドバック』というような、既存のポジション概念に囚われないプレースタイルも増えてきた。
サッカーのポジション概念が時代とともに曖昧になっていく途上で、『ポジションチェンジ』という戦法が生まれた。相手からマークされたサイドの選手が中央の選手と、前の選手が後ろの選手と連動して入れ替わり、執拗にマークしてくる相手を攪乱しようという企みが、ポジションチェンジである。
「なんだ、選手の配置が入れ替わるだけでしょ? たいして難しいことじゃないよね?」と思われるかもしれないが、事はそう単純ではない。なぜなら、プレーエリアが変わればピッチの景色が変わり、その選手に求められる仕事も変わってくるからだ。つまり具体的に言うと、複数ポジションをこなせる能力が求められることになる。
サイドを駆け抜けることに特化した選手、ゴールを奪うことに特化した選手、守備ではどんな選手にも当たり負けしない選手。サッカー選手は様々な個性を持っている。近年では複数ポジション(エリア)をこなせるようなユーティリティ性の高い選手が増えてきたが、モドリッチはその最たる存在だ。
ここで誤解を避けるために付け加えると、「モドリッチは複数ポジションを担当する選手だ」と言いたいのではない。モドリッチがサイドバックやウイングやセンターフォワードに配置されることはまず無い(サイドハーフなら何度か見かけたが)。しかしそれは「モドリッチがそれらのポジションが出来ない」ということを意味していない。ピッチ全域であらゆる仕事をしてもらうため、いざとなればどこへでも駆けつけられる中盤の中央を任されているのだ。
モドリッチは基本的に[4−3−3]のインサイドハーフか[4−4−2]のセンターハーフを任される。だが彼の担当エリアとなると、ほぼピッチ全域に相当する。FWのようにペナルティ・エリアへと飛び出したり、サイドバックのようにサイドをドリブルで駆け上がり、コーナーキックからのカウンターケアでは、ラモスがお留守の最終ラインをコントロールして、味方サイドバックたちにチャレンジ&カバーの指示を飛ばしていたりする。トップ下やボランチが出来るのは言わずもがな。
特に連携面で、そのポジションチェンジの真価が発揮される。サイドではウイングやサイドバックの選手とトライアングルを形成し、入れ替わり、立ち替わりにパス交換をして前線へと上がっていく。中央ではクロースやカゼミーロ、ベンゼマとのダイアモンドを形成し、圧倒的なボールキープでタメを作ってから、駆け上がったサイドバックへと展開する。
モドリッチはマドリーのエンジンであり、潤滑油でもある。モドリッチが中央やサイドでありとあらゆる仕事をこなしてくれるから、ボールが回り、スペースが空き、パスコースが生まれ、ゴールに繋がる。その影響力は、モドリッチが途中交代や負傷でペンチしているとすぐにわかる。ボールを持った選手は出し所を探し、見つけられずにバックパス。大きく展開してもその後はボールが回らず、パスカットされてカウンターを浴び、押し込まれ、失点する。
ポジションチェンジは攻撃中だけでなく、守備中にも行われる。近くの味方がプレッシャーに行って外されると、すかさずモドリッチがカバーに入り、1対2でも1対3でも止めてしまう。視野が広いだけでなく、守備時の優先順位の付け方がハッキリしているため、簡単にゴール前へと運ばせない。カウンターを仕掛けていた相手は、気付くとサイドラインへと追いやられ、パスコースを切られてボールを奪われてしまう。
攻撃でも守備でも、サイドでも中央でも輝き、味方を使うことも、味方に使われることも出来る超万能型MF、それがルカ・モドリッチだ。どんなプレーも出来るということは、どの選手の代わりにもなるということを意味している。誰かが不調だとわかると、その選手の仕事を半分こなしてくれる。得点が欲しい状況なら強烈なミドルシュートをお見舞いし、ロングキックが苦手な選手と組めば自分が代わりに蹴ってやり、守るべき時間帯には二人目のカゼミーロになれる。
あれもやって、これもやってとしているのを見かけるうちに、「いたるところにモドリッチがいる」ような錯覚すら起こしてしまう。まるで分身の術だ。ところが、それだけピッチを縦横無尽に駆け回っているにもかかわらず、走行距離ではチームトップでないことの方が多いため、モドリッチは頭を使って、必要なときに必要なだけ走っていることがわかる。決して脳味噌が筋肉で出来ているようなタイプではない。モドリッチは、インテリジェンスなハードワーカーなのだ。
「たった一つモドリッチに弱点があるとすれば、それは身長の低さ(172cm)だ」と指摘される。何でも出来るとは言っても、さすがに四六時中ハイボールの飛んでくるポジションであるセンターバックは出来ないだろう。だから空中戦はクロースやカゼミーロなど、背の高い周りの選手に任せることも多く、コーナーキックの守備ではニアポストか、後方でのカウンターケアを担当する。
それでも本人は「空中戦に勝てることもある」と思っているのか、ボールの落下点に先に入った相手の懐に飛び込み、スルリとマイボールにすることもある。油断のならない泥棒猫である。
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ルカ・モドリッチ解体新書〈1-2〉オフ・ザ・ボール
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(初心者の方は、冒頭の6段落を予備知識として飛ばしてください。)
「モドリッチはポジショニングが上手い」とよく言われる。ポジショニングには攻撃時のポジショニングと、守備時のポジショニングとあるが、今回の記事では攻撃時のポジショニングを中心に解説していきたい。ポジショニングの上手さとは何か? 何が出来ると上手いと言われるのか? それがわかると、サッカーをより深く理解することが出来る。
そもそもポジショニングとは、「位置取り」の英訳である。「サッカーとは陣取りゲームだ」という言葉もあり、相手よりも有利な位置取りをすることが、勝利に繋がると考えられている。相手を思い通りに攻めさせないために守備組織を整え(守備時のポジショニング)、相手の予想を上回るような連携したランニングでスペースを空けよう(攻撃時のポジショニング)とする。
サッカーにおけるポジショニングの重要性は、自分よりも遙かに実力が上回る相手とマッチアップすればわかる。自分より弱い相手には、ドリブルやパスやシュートなどの個人技だけで通用する場面も多い。ところが、自分たちと同じかそれ以上に強い選手を相手にすると、自分の得意なプレイをさせてくれないことの方が多くなる。
自分がボールを持っている時、対人守備に秀でた選手と対面し、足下から少しでもボールを離すと、体を入れられて奪われる。味方からパスを受けようとしても、足の速い相手からものすごい速さで寄せられて、ボールを奪われる。
逆に守備の場面では、ボール扱いの巧い相手からボールを奪おうとしても奪えない。足を伸ばしてもボールに届かず、自分の間合いから離れた場所でボールが行き来する。巧みなドリブルで剥がされ、ゴール前まで運ばれて、ファールで止めるしかなくなる。まだまだゴールからは遠いと油断していたら、無回転のミドルシュートでネットを揺らされる。
そのような不利な状況に陥らないために、チームで連携して少しでも有利なポジションをとろう。相手に一対一で勝てないのなら、二対一や三対一などの数的優位にして勝とうというのが、ポジショニングの基本的な考え方である。
(初心者の方は↓ここからお読みください)
近年では攻撃時のポジショニングのことを《オフ(オン)・ザ・ボール》と呼んだりする。ONがボールを持った選手の状況、OFFがボールを持っていない選手の状況のことを指している。現代サッカーではOFFの選手に、ONの選手のことを助ける動きをすることが求められている。
このオフ・ザ・ボールの動きが、モドリッチは抜群に上手い。いや、上手すぎると言っても褒めすぎにはならないだろう。右サイドでボールを持ったバスケスが困っていると、すかさず付近の横か斜め後ろにフォローして、パスの受け手になってくれる。左サイドで攻撃が停滞していると、右サイドから飛んできて、サイドチェンジや細かいパス回しなどによって、硬直した状況を打開してくれる。モドリッチは、まるでスーパーマンのように頼りになる存在なのだ。
オフ・ザ・ボールのタイミングは、サッカーのレベルが上がるごとにシビアになっていく。あまり早くフォローに入ってしまうと、相手に気付かれ、すぐに寄せられる。反対にあまりに遅くフォローすると、そのほんの僅かな時間にパサーが相手数人に囲まれ、パスが出せない状況になってしまう。だからフォローに入るタイミングを常に窺いながら、守る相手との駆け引きを続ける。
ベストなパスの受け方は、パサーがパスを出したいと思って周りを見た時に、「フリーな場所に立っている(相手の守備組織の空白地点でポジショニングを終えている)」こと。そのためには相手(守備組織)との駆け引きと、味方パサーとタイミングを合わせるための〈阿吽の呼吸〉や〈事前の予測が重要となるのだ。
そういった意味でも、モドリッチはコミュ力が高い。マドリーの練習風景の動画や、試合ハーフタイム中の映像でも、モドリッチが仲間とお喋りをする様子は映されている。あのような場面で彼は、仲間と絶えずコミュニケーションをとり、お互いの意見を擦り合わせているのだ。「優れたサッカー選手はみんな、お喋りだ」と言われている。モドリッチもお喋りだ。
ではいったい、彼は仲間内で何を話しているのか?
オフ・ザ・ボールで気にすべきポイントは五つある。
(※ほんの一例です。)
①相手
*守備組織は崩れているか? 整っているか?
*長身の選手か? 足の速い選手か? 守備が巧いか?
②味方
*自分と目が合っているか? 出しどころを探しているか?
*ドリブルかシュートで勝負したいのか?
③ボール(ピッチ)
*浮き球で競り合いになるか? スローイングか?
*水が撒かれて滑る? 芝がめくれてる? グラウンドが狭い?
④エリア
*相手(味方)ゴール前か? 中央かサイドか?
*スペースがあるか? わざと空けているのか?
⑤ゲーム状況
*リードされている相手は攻めそうか? リードしていてキープか?
*絶対にアウェイゴールが欲しい 2点リードでも油断できない
これら全てを計算しながら、パスの受け手はポジショニングを決める。オフ・ザ・ボールは、マルチタスクの頭脳戦とも言える。あれも考えて、これも考えてと、走りながら頭はフル回転状態。サッカーは頭が良くないと、良いプレーが出来ないのだ。
だから試合前も、試合中も、試合後も、MFとだけでなく、FWやDFやGKとも、モドリッチはお喋りをしている。仲間が何を考えて、自分が何を考えていたのかを、常に情報交換して、プレーイメージを共有しているのだ。若手は彼のコーチングによって教育され、ベテランは新たな気付きを得る。
そしてモドリッチは、世界の一流MFの中でも特に、頭の回転が速い。もはや何も考えずにプレーしているのではないかと疑ってしまうくらい、ボールを持ってから、次のプレーに繋げるまでの時間が短い。もはやそれは脊髄反射の領域である。考えるよりも感じたままにプレーをして、それが最適解であったと、視聴者の我々が後から気付く場面も多い。
瞬間的に判断を下せるから、相手も守りづらい。モドリッチの動き出しを注意しながら視界の端で捉えていても、ちょっと目を離した隙に背後を取られ、モドリッチのランニングについていけずに、パスを通されてしまう。まるで忍者だ。
そして、良い判断をするためには、まず〈良い眼〉を持っていなければならない。よく褒め言葉で「ピッチが俯瞰視点で見えている」と例えられることがあるが、それは選手たちが平面上のピッチでプレイしているからだ。高所からカメラで撮影されたものを見る目線と、地上でピッチを駆け回っている選手たちの目線は、文字通りに次元が異なる。
モドリッチは《鷹の目》を持っている。いや、見ているのではなく、ピッチ全域を感じ取っているのかもしれない。その鋭い眼光で未来を捉え、現在を思いのままに支配し、過去に勝利の歴史を残すのだ。
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ルカ・モドリッチ解体新書〈1-1〉おもてなしパス
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第一章 味方を活かすプレー
〈1-1〉おもてなしパス
モドリッチが素晴らしいパサーであることには異論が無いだろう。だが、彼のパスに思いやりの念が込められているということは、あまり知られていない。
モドリッチはパスの受け手の特徴と、現在のゲーム状況(相手の立ち位置・スペース・スコア)を総合的に考えて、最適のタイミングで、最適のエリアにパスを出してくれる。これはパスをもらう側からしたら、願ってもないことだ。
C.ロナウドやベイルのようなスプリンターは、前に出て行くスピードを殺されたくない。彼らはあまりにも足が速いため、走っている最中に足下にボールをもらっても、次の瞬間にはその何メートルも前方にいることになる。だからパスは、足下ではなく前方のスペースにほしい。相手DFとの駆け引きに勝って裏に抜け出し、3・4歩先に落ちたパスを足先でタッチしてそのままハイスピードでゴールまで向かう。そんなプレイが出来るようなロングパスを理想としている。
逆にクロースやイスコなどのテクニシャンは、利き足の足下にピタッと吸い着くようなショートパスを望んでいる。中央のエリアはサイドと違い、味方と相手の選手が密集しておりスペースが無いため、ボールを収めることが難しい。ちょっとでも油断していると相手のプレスが来るため、ボールをもらった瞬間にターンしてキープできるような、扱いやすいパスか欲しい。
パス交換とは、受け手と出し手の瞬間的コミュニケーションだ。双方のイメージが合わないと、パスは繋がらない。どちらかが独りよがりなプレイをすればパスは届かず、相手ボールとなり、今度は守備をする羽目になる。攻撃的な選手は、たいてい守備が苦手だし、苦手だから巧くない。だから自分たちでずっとボールを保持したり、ゴールを積み重ねることで失点のダメージを減らしたい。パスミスしたり、トラップミスをする選手は軽蔑され、だんだんとボールが回されなくなっていく。
しかし、モドリッチは受け手の発注通りにパスを送ってくれる。自分の思い描く最高のプレーイメージを共有して、「いってらっしゃい!」と背中を押してくれる。だからみんな、モドリッチのことが好きになる。「俺のこと、ルカはわかってくれてる!」と思うのだ。このようなタイプのパサーを、自分は《職人パサー》と呼んでいる。
職人パサーとは対照的に、《王様パサー》というタイプも存在する。王様パサーは、自分の思い描いたプレイを実現させるためにパスを出す。意表を突いたタイミングで、頑張って走らないと追いつけないような場所に、トラップするのも難しい軌道の、速いパスを出す。どちらのタイプのパサーが求められるかはチームカラーによるが、世界中からその国一番のエゴイストをかき集めているようなマドリーでは、モドリッチのような職人パサーの方がフィットする。みんながみんなエゴイストだとチームがギクシャクしてしまい、上手く機能しないのだ。
ちなみにモドリッチは、ショートパスも巧いが、ロングパスも巧い。ボールが前に行きすぎないようにバックスピンをかける気遣いをするし、守備組織の隙間を貫く、カーブの軌道も計算した華麗なるアウトサイドも出せる。コーナーキックも巧い(デシマでの決定的アシストとか!)が、それはクロースに任せているようだ。おそらく、コーナーからのカウンターケアをしたい(守備も自分でしたい。少しでも勝てる確率を上げたい)からではないかと推測している。
総じて言うと、モドリッチは職人パサーなのだ。彼が送り出すパスには、必殺ノールックヒールパスでお馴染み《ショートパスの貴公子》グティや、必殺50mピンポイントクロスでお馴染み《ロングレンジスナイパー》ベッカムのような派手さは無い。それでも相手が足を伸ばしても届かず、受け手が発注している通りのエリアに、絶妙なタイミングでパスを届けてくれる。
『パスにはメッセージが込められている』と言われるが、彼のパスには「あとは君に任せたよ」「信じてるよ」という、応援や信頼の気持ちが込められている。ルカ・モドリッチは《慈愛で導くマエストロ(指揮者)》なのである。
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ルカ・モドリッチ解体新書〜はじめに〜
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ルカ・モドリッチとは何者か?
クロアチア出身のMF、レアル・マドリードに所属する選手、2018年ロシアW杯で母国を準優勝に導いた英雄、バロンドーラー。ルカ・モドリッチというプロサッカー選手は、他の誰もが心から願うも、成し遂げられなかった数々の偉業を達成してきた。いずれは伝説の選手として語り継がれる存在だ。
現在所属のマドリーでは、キャリア晩年に差し掛かった35歳でもバリバリの現役で、世界各国から集った何人もの一流若手MFたちとレギュラー争いを繰り広げては、その度に生き残ってきた。彼がマドリーの中心選手であることに、マドリディスタから異論は出ないだろう。しかし、ここで一つの疑問が湧く。モドリッチは何が、他の選手たちよりも優れているのか?
モドリッチは中盤の選手だ。MFと表記されるそのポジションは、90分間ピッチ上のいたるところを駆け回りながら、DFとFWの間で飛び交うボールを、絶えず中継し続けることが求められる。DFとFWに専門特化型の選手が多いのとは対照的に、MFは万能型の選手が多い。担当するエリアの特性上、攻撃にも守備にも高いレベルが必要となる。
オールラウンダーの多いMFの中でも、モドリッチはキング・オブ・オールラウンダーである。それは「何でもそこそこ出来る」という《器用貧乏》を意味しているのではなく、「何もかもが突き抜けている」という《万能超人》に近い。だから、だろうか。「モドリッチのどこが優れているのか?」という問いは、禅問答のように脳裏をグルグルと周回し、いつもたった一つの答えに辿り着く。「モドリッチは全てがすごいのだ」という風に。
それでは、何かを語ったことにはならない。全てとは何か? サッカーに必要なこと、中盤の選手に求められている仕事とは何か? 自分の中でも整理しきれなかった論題に、いよいよ取りかかることにした。まだモドリッチが、世界トップレベルの舞台で、世界トップレベルのクラブチームに所属しているうちに伝えなければ。そんな使命感が湧いてきた。
このブログでは『ルカ・モドリッチ解体新書』と題して、全三章(10記事)構成でモドリッチの選手的魅力を紹介していく。
[ルカ・モドリッチ解体新書INDEX]
〇はじめに
【第一章 味方を活かすプレー】
◇おもてなしパス
◇オフ・ザ・ボール
◇ポジションチェンジ
【第二章 自分で仕掛けるプレー】
◇華麗なターン&ドリブル
◇豪快なミドルシュート
◇熟練と献身のディフェンス
【第三章 それらを実現する能力】
◇俊敏かつ持久的なフィジカル
◇戦術的インテリジェンス
◇モドリッチ・アイ
◇●●●●●●●●●●●
◯おわりに
(投稿予定としては第一章を年末年始にアップ、第二章以降は週一の頻度でアップできたらいいなと考えています。お楽しみに!)
読者のターゲットは、以下の三者を想定。
①ルカ・モドリッチのファン
②レアル・マドリードのファン
③サッカーのルールを知っていて、試合も通年で観戦している中級者
またこのシリーズ記事では、これまでの彼の人生や私生活、彼の(サッカー以外の)信条には触れないことにする。それらは翻訳された何冊もの本の中で紹介されているし、Wikipediaにも載っており、戦術オタクである自分の語るべき領域ではないと考えたためだ。
モドリッチを知れば、サッカーがわかる。サッカーがわかれば、もっとモドリッチが好きになる。どうかルカさんの魅力をなるべく多く、文章で表現できますように。
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